学童保育の歴史
学童保育の歴史は、そう古くありません。戦前にも、神戸市や東京の一部の共働き家庭や一人親の家庭で自主的に行われていたという報告もありますが、その始まりとされるのは、1960年ごろに児童の保護者たちが集まって組織が作られ、その人たちによって設置運動が行われたことによるとされています。
これは、1940年代の後半に各地の民間保育園で学童保育が行われたり、1950年代に東京や大阪などの大都市を中心に公立保育園や私立児童館が設置されるという流れを受けてのことです。最初は、学童保育を必要とする人たちによって自主的に行われていたのが、やがて市町村など自治体単位で行われたり、法人によって行われたり、さまざまな形で普及していったものです。
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1966年には、これまでの動きを受けて、文部省が全国300個所で「留守家庭児童会補助事業」を開始しました。そして1966年4月には、同じく文部省が留守家庭児童会育成事業補助要綱による「児童会育成事業」を開始。1971年には「留守家庭児童会補助事業」は打ち切られ、「校庭開放事業」に統合されました。
さらに、1976年4月には、厚生省が都市児童健全育成事業実施要綱により「児童育成クラブ」の設置・育成事業を開始。これには国庫からの補助がありました。
その後、1993年ごろから、厚生省による学童保育の法制化が検討されはじめ、1997年6月に「児童福祉法等の一部改正に関する法律」が成立しました。これによって、学童保育が「放課後児童健全育成事業」として法制化されることになったわけです。これを受けて、1998年4月には、 学童保育は児童福祉法と社会福祉事業法に基づく第二種社会福祉事業に位置づけられことになりました。
こうして学童保育のあり方が時代に沿うように検討されてきたのも、児童の保護者や関係者らの連絡会による強い要請があったからです。
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